「アンチカリスマ」の徒然なるままに・・・ -2ページ目

東京物語・・・若さ故・・・引き際

いっそ、彼女を殺して自分も死ぬか?そんな思いが頭をよぎる。若いエネルギーは、とんでもない方向へ行こうとしていた。

しかし、一瞬の迷いの後、視界に入ってきたのは、自分がプレゼントした小さなガラスの靴。

「オレは・・・、オレは、彼女が好きだ。その気持ちに一点の曇りも無い。その気持ちを糧に生きて行けるなら、彼女の幸せの為に身を引くのも、一つの愛の形ではないのか?」

この気持ちを証明する方法は一つしか無い。ガラスの靴を手にし、ベランダの手すりに思いっきり叩き付けた。これでオシマイにしよう。そう、「彼女の幸せ」の為に身を引くのだ。


しかし、その後、引くに引けない、周りを巻き込んだもっと大きな出来事が・・・。

東京物語・・・若さ故・・・別れ

別れは突然にやって来る・・・。


数ヶ月前借りた部屋は、埼玉の朝霞市の大通りから入った暗い闇の中にあった。

いつものように銭湯から帰った後、ちょっとした事で喧嘩になったのだ。そして、何が何だか判らない内に、彼女は別れを告げた。恐らく、きっかけが少し早かっただけの事だったのかもしれない。


その後、彼女のアパートには、例のヤツが居座り、何度ドアを叩いても開けてはくれなかった。


ある夜、どうしても話がしたくて、彼女のアパートに行った。ドア越しに聞こえてくる耐え難い彼女の声。最も聞きたくない声を聞いたショックで、胸が張り裂けそうになった。

数分後、ヤツが共同トイレに行く為にドアを開けた隙に、彼女の部屋に入り込んだ。カギを掛け、ヤツを締め出す。彼女は驚きの顔で声も出せない。行き場の無い怒りに震える自分自身。その怒りは、台所の包丁を手にするほどにまで・・・。

それほど彼女が好きだった。

東京物語・・・若さ故・・・予感

先にアパートを借りたのは彼女の方だった。周りに生産緑地が広がる練馬区の安アパート。週末(ウチらの業界では日曜ではないが)は、通い夫状態だった。

半畳程の小さなキッチンで作ってくれる料理は美味しかったが、それより、一緒にいられる嬉しさの方が大きかった。

銭湯のオバちゃんとも仲良くなり、すっかり若夫婦のような気分になってた。その後の波乱を予想だにせず、有頂天だったのだ。


当時、同じ専門学校の同級生が、彼女にちょっかいを出していた。事もあろうに、彼女と同じ店に勤めて・・・。時間的に、自分の立場は弱かった。そいつは毎日彼女と一緒の職場。彼女の気持ちは揺れていたのだろう。月日が経過するにしたがい、マンネリになってきていたのかもしれない・・・。

東京物語・・・若さ故・・・初体験

高校生の頃、夢に出て来た女性の裸体。大事な部分は真っ黒な煙が邪魔をして見えない。目を覚ました後、もう一度夢に見ようとしてもやっぱり、見れなかった。しかし、今目前にいる彼女は現実だった。

数時間前、池袋東口で待ち合わせ、ウインドーショッピングを楽しんでいたのに・・・。きっかけさえあれば、お互い望んだ事だったのだろう。

勢いで登ったホテルの階段。当時は靴を預かられるシステム。オマケにオレンジジュースのサービス。2度もホテルのオバちゃんに顔を見られたが、不思議と後ろめたさは感じられなかった。そう、自分は彼女を愛しているという自覚があったからだ。

それまで何度もキスをしてきたし、抱き締めてもいた。それでも、これほどまでに緊張するものなのか?

果たして上手く出来るのだろうか?嫌われやしないか?感じてもらえるだろうか?さまざまな思いが交錯する・・・。いや、それよりも、今、妊娠するのはマズイ。お互い19歳。まだ責任を取れる立場ではないのだ。

緊張や余計な心配は、快楽に飲まれようとする自分を抑制する。その上、「こんな事をしてはいけない、彼女を汚してしまう」、そんな思いが頭を駆け巡る。


女性を神格化してしまう自分に、初めて気付いたのだった。

東京物語・・・若さ故・・・温もり

最初の店を半年で辞め、知り合いのアパートにしばらく居候した後、埼玉の個人経営店に勤めた。

専門学校で知り合った彼女は、埼玉からは遠い稲城市に実家があった。毎日、仕事が終わった後に、京王よみうりランド駅まで送っていった。

駅の裏山(よみうりランド)は人気も無く、最終電車に間に合うまでの数十分が一緒にいられる時間だった。

触れたい、キスしたい、抱き締めたい、そんな思いの渦巻く中、それでも、「自分にはまだ早い、彼女を傷付けてはいけない、嫌われるのも怖い」そんな気持ちが邪魔をする・・・。

マジメで、経験も無い19歳の自分には、大人への階段はあまりに高く、葛藤で一杯だったのだ。

しかし、その夜、どうしても高ぶる気持ちを抑えきれず、彼女を強く抱き締めた。

そして、震える手で、彼女のアウトラインを確かめるように触れていた。

服の上からでも感じられる彼女の体温、呼吸・・・。経験した事のない、女性の柔らかさ・・・。愛おしさで一杯になった。

その夜、初めて女性の胸に触れたのだった・・・。

東京物語・・・若さ故・・・新しい恋

都心部のビルの中の大型店を経営する社長の家は大田区にあり、古くて大きかった。当時、そこには8人ほど住み込んでいた。

1階の20畳ほどの練習場の壁に作りつけられた2段ベッド。男(他にも6人ほどいたと思う。)は、その布団1枚分のスペースが自分の占有面積。(女は3人ほどで4畳半を使っていたと記憶している。)ベッドの枕元には本棚。上京するにあたり、手持ちの荷物は布団袋1つだけ。布団と洗面道具とラジカセ。ココから自分の生活が始まる。質素だった・・・。


東京での生活は慌しく、時の流れが非常に早く感じられた。やらなければならない事が山積で、高校生気分は、どんどん抜けていった。

毎日、専門学校に通い、学校が終わるとお店に直行。夜までの仕事をこなす。日によっては遅くまで練習会。徒弟制度の最後の世代だったのかもしれない。


人は、非日常体験の中で恋愛に陥ったりするらしい。自分にとって、東京での生活は非日常・・・。専門学校には同じような境遇の男女がひしめいていたのだから、その中で成立するカップルも少なくはなかった。勿論、自分もその一人だった。

東京物語・・・若さ故・・・上京

これから書く内容は、22~3年前からの出来事です。基本的に、コピペで掲載しますが、多少の加筆や変更もあります。しかし、全て実話です。


時はバブル前夜。高校を卒業した自分は、ミュージシャンへの想いを断ち切り、現実的な仕事へと気持ちを切り替えた。

高校生当時付き合っていた彼女は一つ下。東京へは一緒に行く事は出来ない。頭の良い彼女は当時、弁護士志望。たとえミュージシャンへの道を志しても、食っていけるのはほんの一握り。恐らく自分には無理だという事は、内心判っていた。女を食わせていけない男に、結婚する資格は無い。そう思った自分は、そのコと結婚したかったが為に、ヘアー業界への道を選んだのだ。

ところが、その意思を表明した途端、彼女は別れを告げた。

「好きな事に一生懸命に向かっている姿がカッコよかった。今の貴方に、その頃の目の輝きは無い・・・。」

彼女は強い女だった。自分の意思を明確に持つという事は、反対勢力になった場合、とてつもない壁になってしまう。彼女との別れを噛み締めた・・・。





裏ブログ

セキララ★http://yuka-7777777.ameblo.jp/の「ゆか」さんを応援する為に立ち上がった企画は、仲間達それぞれのブログをアップするという結果を生み、自分もまた、彼女のコメント欄に「裏ブログ」として毎日書くようになりました。しかし、「裏ブログ」を楽しみにしてくれている方もいるようで、それなら・・・と、とうとう立ち上げました。ブログに関して、全くの素人で、実はこうしてブログをアップするなどとは思いもよりませんでした。

「愉快な仲間達」企画では、そのアンチカリスマの「裏ブログ」をまとめてコピペして掲載します。

愉快な仲間達

何度か「ますたー」とメールでお話して、どんな方なのか判ってきました。「ますたー」は一切後ろを見ない方なのです。簡単に言うと、「思考は実現する」という考え方の持ち主。商売をする上で、絶対的に必要なモノです。

人は誰でも辛い事はイヤです。逃げ道を見付けよう、楽な方に行こうとします。しかし、結果を出す為の行動を辛いとか苦しいとか考える事自体が間違いなのです。

「ますたー」は、「頑張るな!」「なすがまま」だと言います。しかし、その真意を考えると、恐らく「人事を尽くして天命を待つ」という事ではないでしょうか?

そうした考えに同感した方々が集まる掲示板で、いろいろな話をし、意見を交わしている内に、その集まりは「愉快な仲間達」として結実しました。

その中でいくつかの企画も生まれ、実際に動き出しています。

事の成り行き

みなさんこんにちは。地方で小さな美容室を経営する「アンチカリスマ」です。

ブログを始めるにあたって、少しお話します。


同業者さんは判るかもしれませんが、ネット上に数ある美容室のHPの中に、ある人気サイトがあります。

その中で、激しい語り口で人気の「ますたー」が答える掲示板。たまに見てるうちに、ある事件が・・・。

「カリスマ」なる美容師が、「2チャンネル」的書き込みをしたのです。一方的な蔑んだ態度に腹が立ち、ついつい反論してしまいました・・・。それからずっと自分のハンドルネームは「アンチカリスマ」です。(笑)

そうこうしている内に、書き込みをする同業者や、興味を持って近寄ってきた方々が増え、彼等(彼女等)のHPの掲示板が盛り上がって行きます。

自分もHPをいくつか持っていますが、「アンチカリスマ」はあくまでもバーチャルで行きます。冒頭に述べたように、元々は好ましくない状況で生まれたハンドルネームです。自分の事を、良くは思わない方もいらっしゃるでしょうし・・・。

それなのに、何故そのハンドルネームでブログを始めるのか?

それは今後のお楽しみ!